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  • 雨・風・酷暑の方がモチベーションが上がる

    訪問診療は、「医療へのアクセスが自力では不能な人」に、診療行為を提供している。

    正直、介護度が低い方や、施設に幽閉されているだけの方の診察はあまりテンションが上がらない。

    訪問診療を利用する理由が、概ね

    「訪問してもらう方が楽だから…」とか

    「家族の付き添いの負担を考えるとこちらの方が…」

    といったところだからだ。

    保険診療が安訪問診療でも割安、病院の待ち時間が長すぎて付き添いの負担が大きいなど、様々な背景がある。

    一方、訪問診療医は、天候が極めて不良な時、相手が元気な高齢者でもなんとなくテンションが上がる。

    最近はニュースが台風や地震の危機感をすごく煽る傾向があり事前に、

    「明日は普通に外出たら、マジでやばいかもしれない」

    という時がある。

    通常の勤務医であれば

    「何かあったら責任が取れないので、診察は中止または延期または遠隔機器で済ませます」

    となる所だろうが、

    一人診療所の院長は、自分が診察を決行するか決められる、最終責任者だ。

    「他の皆が休んでしまいそうな悪天候ほど、訪問診療の真価が問われる」

    「通常だと絶対に通院困難な状況だからこそ、診察する」

    という判断を行う出来る。

    患者側からすると「やりすぎ」となるのか、「とても有難い」となるのか、よく分からないが、

    とりあえず診療を行う側が悪天候でテンション下がるどころか反対にテンション高めで診察を回っている。

    事故にだけ、気を付けて、いきましょう!

  • 新人さん入職

    9月、11月で時間差で2人、新しい人が入ってくれる。

    6月、8月の期間に2人、退職した後の話だ。

    今月、一人目の入職が、あった。

    まだ数日しかご一緒していないが、「滅茶苦茶優秀」!

    兎に角、我々としてはこの方に、可能な限りストレス無く働いていただく事が目標になりそうだ。

    週に2回の全体ミーティングと、月1回の個別面談を組んでいく。

    「ベースアップ加算」を算定し始めると、1ヶ月当たり数万円の賃上げ原資となる。

    医療事務さんなので、当然自分の取り分を計算できる。

    このことがモチベーションに繋がってくれるかどうか。

  • 退職した人からメールが来た

    退職した元職員からメールが来た。

    「源泉徴収票がきておりません。送って下さい」

    とのこと。

    うちは顧問税理士に作成をお願いしているため、依頼をかけたり書類がこちらに送付されたりするのに、数日はかかる。

    急いで作成依頼し郵送したのだが、なんとか郵送までたどり着いたその日に、追撃のメールが来た。

    「同じく退職したAさん、Bさんにも確認しましたが、皆さん、来てないとのことでした。どうなっているのでしょう?」

    とりあえず作成して送付した旨を返信したが、独自に確認していただいた一人分、源泉徴収票の依頼が漏れていたことが、いただいたメールで判明した。

    相手としてはこちらのあら探しをしたり、プレッシャーを与えたりするために「Aさん,Bさんとも団結してます」アピールをしているのだろうか?確定申告はまだ先だし、相手のペースに飲まれることもない。

    (後日ちゃんと社労士に確認すると、事業主には源泉徴収票の1ヶ月以内の送付義務があるらしい。自分に落ち度があった。)

    そもそも、雇用契約の「退職の申し出」欄で規定されている申告期間よりも早く、勝手に辞めたり、Aさんをけしかけて「私たち、同時に退職します」という構図を作ってきた方だ。

    こちらとしても決して良い印象を持っている訳ではない。

    こちらの心情を知ってなお、強気な態度に出てくると言うことは、こちらを相当に舐めているということだろう。

    勝手に雇用契約を破るなど、民法上の「信義忠実」を欠く姿勢を示してくる人には、本来であればこちらも「信義忠実」を貫いてやる必要などないのだ。

    悪意のある事業所では最終月の給与支払を拒否したり、退職に伴う手続きをきちんと行なわない場合もあると聞く。

    ワンマンクリニックでは、人に舐められるというデメリットがある。

    「一身上の都合」で職場に迷惑をかけて辞めた人や、悪態をついて辞めた人が過去にも居らっしゃった。

    それでも、全ては何かのための修行だと思ってこなしていくしか無い。

    兎にも角にも、今回の一件で「波風立たせず退職してもらうために」みたいなテーマで記事が書けそうである。

    次の退職者とはもう少しスムーズにやりとり出来る気がする。

  • 5時起き

    最近、朝四時半くらいに起きるようになった。

    中高生の時は、朝型の生活をしたいと心から思っていたが、全然体がついて来なかった。

    昼寝もできないたちなので、夜遅くまで起きて、朝、目覚ましで起きれず、結局朝の時間を棒に振ってしまう事が多かった

    子供が2-3歳くらいになってきて、寝かしつけ担当を拝命してから、夜は早く寝るようになり、朝は4時台に起きれるようになった。

    子供が起きている間は付きっきりで遊んだり、昼間は車で出かけたりするので、座ってパソコン操作をできる時間が全く取れない。

    AIがリリースされてから、パソコンで業務効率化のコードを書く必要性が高まった。

    pythonによる業務効率化の影響力が、1つのコード当たり短縮する業務が1時間とか、2時間だったら、ここまでの生活の変化は出なかったかも知れない。

    しかし労働集約型産業の典型である診療所を自分で運営し、自動化処理をした場合の業務効率が従来よりさらに跳ね上がる中で、「コードを書かねば!」という目的意識が増した。

    結果として私の体に起きたのは、「早寝・早起きできるようになった」事だった。

    締め切りや時間に追われる事も、「何かが形になる」過程に重要な要素なのだと痛感する。

  • 新人採用

    新しい人を採用できた。

    我々のような小規模な事業所は、求人を出しても、なかなか面接が決まらない。

    自分で面接を申し込んできた人の、当日のドタキャンも何度も食らってきた。

    そもそも、年末でも年度末でもないこの時期に、求職者なんているのか?

    来てくれたとしても、訳アリの人なんじゃないか?

    よく考えたら、先日辞めていった人も、一生懸命やってくれたが結果として、「中途半端なタイミングで入職」し、「中途半端なタイミングで退職」となった。勤務実績からしても、訳アリと言わざるを得なかった。

    同じ轍を踏んでしまうのではないだろうか?

    採用を前にした事業主の心配事を挙げるとキリがない。

    今回、付き合いのある事業所の社長さんなどに、直接聞けるチャンスが来るたびに、採用をどうしているか、聞きまくった。

    結果、

    「求人掲載サイトよりもエージェントを使うべし!」

    との結論に至った。

    確かに、知名度がなくて自然に求職者が現れてくれないうちは、どんなに求人を出しても目に触れない、人にアクセスできない。

    エージェントにお金を払えばうちのクリニックの事を知ってくれて、求職者に紹介してくれる。

    いい人が来ないと、診療もままならない。

    注意点は、このエージェントがうちの事業所にいい印象を持ってくれているかどうか、どのような紹介を求職者にしてくれるのか。

    といった点だろう。

    看護師という、元来情緒不安定な職種の紹介は、小資本で多額のお金を生む、美味しい仲介業である。これを逆手に取った悪徳なエージェントも一部存在するとは聞いている。

    今回、知り合いの社長さんからエージェントを紹介してもらい、できるだけ正直にうちの状況をお話しした。

    運営5年目で、徐々に集患ができるようになり、「いよいよ事業拡大か!」などと息を巻いていたが、とんでもなかった。

    まだまだ我々は、現金で事業に投資をしていかないと、脆弱な状態にあると思い知らされた。

    エージェントさんがすぐに複数の面接を組んでくれ、選択肢が採用者を選ぶことが出来た。

    この、「人が出ていっても、次を採用できる」という成功体験こそが、経営で次の手に打って出られる、自信になる。

    おごらず、淡々と、できることを積み上げていきたいと思う

  • エイベックス松浦さんの記事の感想

    エイベックス創業者の松浦さんのnote記事が話題になっている。

    公開された3つの記事の総回覧数は760万だったとか書いてある。

    確かに興味深い内容だが私が個人として感じたのは、上手く言えないが、「これは参考にならない!」という感覚だった。

    後に公開された記事で、当初話題になった記事は、概ねAIによる作業だったことが発表された。

    いち庶民が上場企業の社長と自分を比べるなど、おこがましのだが、結局松浦さんの場合は「自分をコンテンツとして売りに出す手段としてAIを使う段階に入っているだけ」という事だ。

    松浦会長は、社長時代から書き溜めた95万字の記事、ブログ記事、youtube動画などを文字にして「claude code」に読み込ませたらしい。

    60歳の社長にもなれば、それなりに人生がコンテンツとして読まれるに足るものとなっている事だろうが、30代の若者が、同じ事をやっても誰も見向きもしないだろう。

    自分自身を素材として使用し、コンテンツとしての力を強化するのは立派な記事を書く事でも、AIで脚色された名文を書くことでもないと思う。

    「コンテンツを磨く」事は、個人の一つ一つの体験であり、思考であり、試行である。

    結局我々が今、やるべきことは変わらない。

    1日1日決めた事を積み重ねること。

    いつかAIに読み取らせる事が出来るよう、何かを書きとどめておく事。

  • 看取りについて

    本日も記事を見ていただき有難うございます。


    普通の人は、どんな仕事を生業にすべきか?という事をしっかりと考える機会は少ないと思われる。

    多くの人は就活をして採用された企業で、労働者として言われた仕事を一生懸命こなし、給料生計を立てる。

    しかし、自分で事業を始めると、やりたい仕事、やりたくない仕事を選べるようになり「自分を生業として生きていくのか?」について、考える機会が生じる。

    選べるとは言っても、あまりにストライクゾーンを狭く構えすぎると食べていけないので、一定のレンジ内で仕事を選ぶ裁量権があると言うことである。

    私は32歳で開業してから「看取り」を生業にすることを選び4年と少しで600人ほどの患者を受け入れ、100件ほどの看取りを行なってきた。

    一人医師の診療所として実績の多寡の議論は置いておき、最近は「看取り」の中でも、受けたい仕事、受けたくない仕事がある事に気づいた。

    人間、誰もが病気や自然経過により、老い、衰える過程を通り避けられない「死」を迎えることになる。

    「死」を前にして葛藤が全くない人は居ないだろう。

    私は看取りを行なう医師の仕事は、死を前に冷静さを失いそうになる人たちに伴奏者として寄り添い、オリエンテーションをつけていく作業を手伝う事だと思っている。

    本人が自分の内面での作業を完了して完全に死に備えられたとしても、家族や周囲の人間が同じように備えることが出来るかという事は別問題だ。

    ましてその「死」に向かうのが自分の肉親ともなると、なおさら受け入れには時間が掛かるものである。

    「死」という体験のストレスは、伴奏者である医師にぶつけられることもある。

    「死」というイベントに際しては、個人の精神的な準備意外にも、社会的な準備が必要となる。

    死の精神的な準備とは、関係者が迫り来る「死」を受容し、過度な恐怖や不安に陥らないで済む様に仕向けていく作業である。

    死の社会的な準備とは、患者が死んでも警察が出動するような、社会的トラブルが生じなくて済むよう、必要な第三者の看取り体制を整えていく事である。

    これらの準備がうまく行かない場合や、準備していたとおりに事が運ばない場合に、様々なトラブルが生じる。

    よくあるのは患者が頑なに「私は絶対に最期まで自宅で過ごすのだ!」と言っても、単身世帯で気づくのが遅れる事を恐れる親族が患者を高齢者施設に入れてしまう様なケースである。

    看取りの社会的環境が整わない場合、本人の「死に場所」の希望が叶わないということはよくみられ、看取り場所の判断について現代では本人の希望以外に社会的な要素の重要性が増している。

    看取りの伴奏者という医師の立場としては、これらの準備が整わなそうな雰囲気のある看取りは、「したくない仕事」、逆に様々な要素が整っている看取りは、「したい仕事」になる。

    「看取り」という仕事は大変地味だが、現在の高齢化・多死社会において「死亡診断」が医師の専売特許として指定されている制度に守られ、底堅い需要もある。

    また「死亡診断」は医師が一人で行なう事が出来る数少ない「診療行為」であり、独立した自営業と相性が良い。

    不謹慎に聞こえると申し訳ないが、「看取り」は、誰も特に進んでやりたくないが「生業」とするにはけっこう良い条件の仕事だと思う。

    折角このような仕事を社会からいただいているので、しっかりと社会に貢献していきたいと思って毎日仕事をしている。

  • 【note】フォロワーが急に増える

    記事をご覧いただき有難うございます。

    さて、またnoteの話題になる。

    通算記事数が100に到達したため「過去記事まとめ」と「100記事の振り返り」という記事を公開した。

    過去記事まとめ|ジョナ作

    100記事の振り返り|ジョナ作

    本日で大体1週間くらい経ったかと思うが、急にフォロワー数が90から130に増えた。

    数字にしてみると「単に40人増えただけじゃん」という感じがするかも知れないが、2年間noteで毎週投稿をしてようやく獲得したフォロワーが90人だった訳である。

    これが100記事書いた事を公にアピールした結果約1週間で90→130と、1.5倍に増えた。数字の上では目覚ましい成果である。

    しかし内容をよく見てみると、フォローして下さったアカウントの殆どが、「SNS運用」とか「○社長のアカウント」みたいな、マーケティング系のアカウントだ。

    過去記事でいうところの「有象無象アカウント」である。

    アルゴリズムをめぐる考えとブログを始めた理由を詳しく解説する—noteとブログの使い分け

    一方で記事のビュー数はフォロワー数ほどには増えていない。

    直近1週間のビュー数は77に留まり、増えたフォロワーさんは平均して1記事見ていないくらいである事が分かる。

    「とりあえずフォローしておいて、時間あるときに記事読むか」って感じでフォローをしてくれたのだろうか?多分違うだろう。

    おそらく、私の記事が注目されだしたというよりは「フォローワー稼ぎ」をしたいアカウントが相互フォローを目的に押し寄せているのだろう。

    ある意味では私たちは目的を一つにしていると言える。

    「とりあえずフォロワーを増やしてビューを稼いでみたい」

    という試みをもう少し続けてみようと思う。